僕 笑っちゃいます

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誰かと話がしたい。愚痴るぐらいの体たらくになりたい。
誰かを一方的に悪者にして徹頭徹尾こきおろしたい。
誰かと話がしたい。
主体的な意見は表に出さないで、分かっても分かんなくてもいいから
ウンウン頷いてくれるような塩梅でいてほしい。
こんなとき金で時間を買うのか?誰かの時間を金で買ってしまえばいいのか。
なんかむなしいが、なんの結果も求めないならそういうのもアリじゃないか?
誰かと話がしたい。


「スカーラ」の前に立っていた。
思えばこのドアを叩く回数も増えたものだ。つい2月前ならスナックなど
一生縁のない場所だと思っていたのに。
足繁く通っているが、なんというかいい目にあった試しがない気がする。
人に訊かれて魅力を挙げることができない。ないのかも知れない。
何故ぼくはここに立ち寄るのか?
ここに店があるからである。なんちゃって
ドアをくぐる。ホッとするほど閑散としている。
有線から流れるコルトレーンが侘びしさを増長している。
「いらっしゃい」マスターがカウンター奥から一瞥を投げる。
ユマはカウンターに突っ伏して動かないでいる。タンクトップの細い肩が白い。
マスターが伏したユマの頭を小突く。
ユマはぐしゃぐしゃと手のひらで瞼をこすりながら顔を上げた。
「ども」なにか空気の濁りを感じて、ぼくはおずおずとした声になった。
身の置き場に困り、とりあえずテーブル席に腰掛けた。
店内に動きはない。
「ユマ!」マスターが語気強く指示する。
カウンターで向こうをむいたまま頬杖をついていたユマが面倒くさそうに立ち上がる。
「なんにしますか」抑揚も表情もない投げかけ。
「あ、ビールを」
ユマはカウンター奥を見て指でトンと天板をたたいた。
マスターは一瞬ユマを睨み、ビールの栓を抜いてグラスと共に差し出した。
トレーに載せてユマが運んでくる。
なにか抜き身の刃物がそこにあるような冷え冷えとした緊張感に著しい居心地の悪さを
感じながら、ぼくは首をすくめていた。
ユマがぼくの横に座り、無言でビールを注ぐ。
「…」泡がちになったグラスから目をそらせない。
背もたれに身を委ねるとユマはたばこに火をつけた。
「あの」居たたまれなくなってぼくは口を開いた。
「なんか、あった…んですか」居心地の悪さが敬語にさせる。
「…」ふうっと煙を吐き出し、ユマは黙っている。
とりつく島がなくてぼくはグラスを口に運んだ。
ゴクリと妙に大きな音をたててビールが喉を落ちていった。
明らかにイライラした様子でユマは虚空を見ている。
「ユマ!」マスターが声を荒げた。
ユマはマスターに一瞥をくれて、そしてぷいと横を向いてしまった。
なんなんだろう。
状況がつかめず尋ねることもできず、ただだだ盛りの風雨にさらされているような
かんじで途方に暮れる。
なんなんだろう。
ぼくはなんでここにいるんだろう。
話がしたかっただけだ。馬鹿馬鹿しいことでいいから一方的に話したかった。
ぼくはなんでここにいるんだろう?
ユマの指先のたばこから上る細い煙のたゆたいのように、ぼくの心持ちも揺れた。