dear

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なにやら不穏な雰囲気を漂わせている今朝の居候だった。
昨夜は夕刻にぷいと出掛けたまま夕飯時にも戻らず、
結局酩酊した状態で未明に帰宅した。
ぼくは先に床についてしまっていたので途中からは不明だが、
枕元にブツブツ聞こえていたのは「畜生」とか「馬鹿野郎」とかいった
罵りだったように思う。
今朝起きると居候は既に出掛けていた。
こっち勝手な言い分だが昨夜も今朝も食事にありつけず、
当てが外れていたぼくも多少ならずとも憤慨していたが、
居候のイライラした様子を前に、それは言い出しかねていた。
コーヒーとカラシをつけたパンで朝食を済ませてぼくは家を出た。
少しばかり平素より早い時刻の出勤になる。
あわただしい歩みになるところだが、今日はなんとなくこころに
余裕を感じて辺りの様子などに目を向けたりする。
先週まで続いていた残暑の名残はもう打ち止めのような空気だ。
駅へ向かう途中の公園に居候がいた。
近寄って声を掛けようと思ったが気が殺がれた。
恥ずかしいことに居候は朝からカップ酒を煽っている。
傍らに5〜6個の空き容器があるところを見ると、もうしばらく
こんなことをしていたらしい。
剣呑剣呑とばかりに関わることをやめて、ぼくは会社へ向かった。


昼休みに、戯れに居候のブログを開く。本日分が更新されている。
あのあと家に戻ってこれをしたためたのだろうか。
平素にも増して怒気を孕んだことばが並んでいた。
ぼくはスポーツには疎いほうだが、今年新球団が東北に創設されたということ
ぐらいは知っていた。
東北にはなにかと馴染みがあるので、それとない程度に目を配っていたが、
シーズン閉幕を控えてこういう結果になったのかと感慨深かった。
その事実よりも居候の憤慨の方が感慨深かった。
平素からダメな者をひたすらこき下ろす質の居候だったが、考えてみれば
努力したり頑張ってる者に対しては暖かい視線を向けていたなと思い出す。
頑張れとは言わないが、気を抜いている者を見ると激しく叱咤する。
なにをやっても駄目な者には黙って酒を注いでやる。
努力が実を結んで小さなことでも達成すると、自分のことのように喜んでいる。
そういうのはやさしさのようなものなのだろうか。
駄目な者とはぼくのことであるが、やさしさのようなものが
ぼくに向けられているなら、ぼくはそれに応えているのか。


13時を回って電話が鳴り始めたので感慨に浸るのはそこまでにした。

David

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久しぶりに人並みな時間に帰路についた。
7時を回った辺りの帰宅電車の混みように、景気回復の兆しの報道は眉唾かなと
感じるものである。
帰宅電車というのは一日の疲れが募るのか、乗客に出勤時の60%程くらいしか
緊張感がなく、車体の揺れにまかせた振幅が大きく、ともすると足下を掬われて、
存外難儀なものである。
そんな弛緩した亜満員列車に揺られての帰宅も、なにか普通に働く大人といった趣で、
それはそれで気分のいいものだった。
地元の駅にたどり着いて振り仰いだ西の空がとっぷり暮れていて、さすがに
もう夏ではないなと実感する。
この頃は日が暮れると途端に肌寒さを感じるくらいになってきた。
個人的にはこれくらいの気候が最も好ましい。一年中こんなならいいのに。
なんだか年寄りみたいに、迫り来る夕闇の深みを味わいながら、
なんとなく商店街をぶらぶらしてみる。
絵に描いたような夕餉に備えての賑わいがそこここに繰り広げられており、
ふと小学生くらいの昔に戻ったような心持ちになる。
魚屋の生臭さ、肉屋の脂臭さ、八百屋の青臭さ。文字にすると顔をしかめることばに
なるが、それらは心地いいいのちの息吹をともなった臭さである。
ふいに食欲が鎌首をもたげてきて、いきおい惣菜屋で揚げたてのメンチカツ1個なんて
買ってみる。
晒し紙にくるまれた80円の揚げ物は手の中で湯気を上げる。
囓りつくと前歯に少ししみるような熱さだ。素直にうまいと思う。
メンチカツを頬張りながら賑わいの中を行く。
ここにいる皆が同じ目的で集まって皆同じようなささやかな幸せを
食卓に供するためにそぞろ歩いている。
なにかフワフワとするような柔らかな気持ちがこころに溢れる気がする。
そんなにギスギスしてるんかねえ日頃、なんて我が身を思い苦笑する。
でも不思議と寂しさのようなものは感じない。ぬくもりのおすそ分けを
頂いたような気分だ。
食べ物の匂いに背中を押されて、夕餉へ思いをはせる。
居候は食事を用意していてくれているだろうか。今夜はなんだろう。
一目散に駆けて行って温かな灯りの下、湯気を上げる食卓につきたい。
子どものような感覚と子どもの頃では感じなかった郷愁のような感覚に
突き動かされて、歩を早めた。

Hey Heyおおきに毎度あり

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進行中のプロジェクトは三社が共同で事業を取り仕切るかたちだ。
ぼくらはこの事業主たちに対して各種案件を提案する。
そんなプロジェクトの中のひとつは比較的大型なもので、実際に動き出すのは
年が明けてからになる。つまり今は準備期間のその前の前である。
プレプレ期などと呼んでいる。
プレプレなんていうとなんだか楽しそうな、みんなニコニコしてるような感じだが
これが厄介だ。
全体を統括する大きなテーマは決まっているものの、そこから展開されるものに
対して、各社がそれぞれのイメージでなんとなく受けとめていて実につかみ所の
ない回答になる。
ブレスト的な状態ではあるので、それはそれで貴重な情報なのだが、いかんせん
最終的な決定の段になって個人の感情とか意見で首肯しかねるみたいな反旗を
翻されて、また振り出しに戻ったりする。
この辺は議事を進行させるべき仲介代理者の手腕にもよるのだが、これがまた
あまり頭の良くない動きをするので、ぼくらは散々振り回される。
初案、第二案、第三案、改定案…と何度も提案を重ねさせられて、その都度
意味があるんだかないんだかの論点で却下され、それを踏まえて再提案を
繰り返すうち、全くの迷走状態に陥り、気づくとプレゼンテーションの初期段階に
戻っていたりする有様だ。
ぼくらも提案するのが仕事だから、それはそれでしょうがないと
思ってはいるのだが、明確なビジョンを持たない状態での茫洋とした企画を
進行しているので、関係している誰もが少なからず躊躇した状態でことに
臨んでいるのは明らかだ。
誠に疲弊する。しかし今の状態ではこれが現実。
ちょうど見たこともない未知の花のかたちや大きさ、花弁の数や色、香りなどに
ついて各自がその胸のうちにそれぞれのイメージを宿し、それに基づいて意見を
述べているので、ぼくらはその花のイメージを「こんなかんじすかね」といった
塩梅で解き当てているようなものだ。
効率が悪い。しかし今の状態ではこれが現実。
ナンバーワンでなくてもいい、オンリーワンの意志に統一してもらいたい。
「世界にひとつだけの花」は何処に。

さよなら夏の日

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一身上の都合という理屈にかなっているのかどうなのか分からない理由で
昨日、片柳さんは早退した。
今朝連絡があり突然で済まないが有給休暇を頂きたいという。
今夕通夜、明日告別式を行いそのまま火葬ということである。
犬の。
片柳さんの飼っていた愛犬が天に召されたんだそうである。
その詳細を聞いて課長は一瞬声を荒げそうになったが、憔悴しきった様子を
受話器からも感じたようで、渋々の体ではあったが了承していた。


亡くなった愛犬というのは柴系の雑種だったようだが、実に15年間の生を
全うしたらしい。
書物のページを折ることとは別の使い方で俗に「ドッグイヤー」などと言って
人間の1年は犬の7年分に相当するということらしいが、それで換算すると
犬の15歳は人間の105歳ということになる。
大往生である。
長いつきあいで他人には分からないこころの結びつきもあったであろう。
悲しみもひとしおのことと忍ばれる。
平素特に無差別な愛犬家ぶりを見せていた片柳さんではなかったので、
今回の熱心な供養の様子は周囲を驚かせた。


ぼくは愛玩動物を飼育するといった経験の少ないほうである。
小学生の頃に家にインコがいた。迷いインコが窓から飛び込んできたのを
そのまま飼っていたものであったが、これも長生きした方ではないか。
父親の転勤が多かったその頃ではあったが、籠に入れたまま4回ぐらいは
引っ越しにつきあわせた。
雌だったのでペットショップで雄を別途購入しつがいにさせようとしたが、
なかなか馴染める相手が見つからず、雛の姿を見ることはなかった。
ぼく自身、鳥というものにあまり興味がなかった。さしたる思い出はないが
記憶を辿ると、籠を覗き込んだとき首を180度近くまでひねって見上げようとする
様が滑稽で愛おしかった。
その後はハムスターを飼っていたことがある。これも知人から譲り受けた。
いわゆる獣臭を嫌った母親には評判が良くなかったが、見つめてみると
愛らしいその姿は誰のこころも和ませた。
このハムスターも1匹ではかわいそうと雄を購入して仲間をつくってやろうと
したが、元来なわばり意識の強い齧歯類なので、熾烈な拒絶、攻撃に合い、
到着2日後には噛み殺されてしまった。
ハムスターはその後あまり長生きはしなかった。


動物を飼うということに多少疲弊を感じ、ハムスター以降はペット
は持たないかった。
それがいまや、一回り以上歳上の厄介なペットがうちにいるわけだ。
なにやら威丈高で屁理屈は言うし、酒も飲むし。
あれを愛玩する気にはとてもなれない。

思い過ごしも恋のうち

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休日出勤だった土曜、ぐったりと疲労した末帰宅した。
鍵を開けて部屋の中にはいると人の気配がない。
居候はまた遊び歩いているのか。
そいういえば昨日も居候は帰らなかったが、アケミさんも店にいなかったな
そんなことをつらつら思い巡らしながら、蛍光灯をつけた。
部屋の隅で黒いものがうずくまっている。居候だ。
「…?」
居候は頭を抱えてウンウン言っている。
「…どしたの?」
居候は左頭が痛いという。
左頭ってなんだと思うのだが、偏頭痛というか眼底がズキズキするような
そういう痛みだという。
「脳腫瘍かも知れぬ」そら恐ろしいことをさらりという。
「病院行こうよ」不安になってきてそう告げる。
「うむ…」なぜか及び腰だ。
「ノーシュヨーなんてまずいよ。たまんないよ」不安が募る。
「若造」居候は顔をしかめながらぼくを見上げた。
「?」
「頼みがある」顔を歪めながら懇願の体だ。
「…なにさ」こんな時なにを言い出す?
「海に蒔いて欲しい」
「なにを?」
「もしオレ様が死んだら、骨は海に蒔いて欲しい」
「…」
「わずかだが残した財産は…たか…」
「…なんだよ?」
居候は再び頭を抱えてうずくまった。
「ちょっと!」
うーと言ったまま歯を食いしばっている。
「歩ける?救急車呼ぼうか?」
「構うな」
「構うよ」


表に出てタクシーを拾い居候を押し込んで救急病院へ向かった。
肩を貸そうとすると一人で歩けると言って突っぱねる。
無理をするなと言おうと思ったが、タクシーを降りると確かに
スタスタと歩いていった。
保険証がないことやらなんやらでぼくが受付でもめているのを後目に
居候はスタスタと診察室に入っていった。
ぼくも後に続こうとしたが「外でお待ちください」とドアを閉められた。
「…」
薄暗いロビーで黙って待っていると良からぬことばかりが脳裏を巡る。
なにか言っていたな…。『残した財産は』のあと。
『たか』?たかってなんだ?
どれくらいそうしていたのか。
恐らくそれほど長い時間ではなかったのだろうが、不安を感じながらの
時の経過は存外緩慢だった。
診察室のドアが開いて居候が出てきた。
「…!」ぼくは立ち上がり居候を目で追う。
こちらを見向きもせず、受付へ行き「かまわん」「無用」を何度か繰り返す問答の末、
カードで支払いを済ませると、さっさと玄関を出ようとしている。
「ちょっと待ってよ」慌てて後を追う。
自動ドアをくぐり、居候は歩を早める。
「なんだったのさ?大丈夫なの?」
「心配無用」
「原因は?なんの病気なのさ?」
「これ以上構うな!」
居候はほとんど走り出さんばかりのスピードで離れていった。
「なんだよそれ」訳が分からず見送るばかりだった。
居候の診察結果はこういうことだったらしい。

僕 笑っちゃいます

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誰かと話がしたい。愚痴るぐらいの体たらくになりたい。
誰かを一方的に悪者にして徹頭徹尾こきおろしたい。
誰かと話がしたい。
主体的な意見は表に出さないで、分かっても分かんなくてもいいから
ウンウン頷いてくれるような塩梅でいてほしい。
こんなとき金で時間を買うのか?誰かの時間を金で買ってしまえばいいのか。
なんかむなしいが、なんの結果も求めないならそういうのもアリじゃないか?
誰かと話がしたい。


「スカーラ」の前に立っていた。
思えばこのドアを叩く回数も増えたものだ。つい2月前ならスナックなど
一生縁のない場所だと思っていたのに。
足繁く通っているが、なんというかいい目にあった試しがない気がする。
人に訊かれて魅力を挙げることができない。ないのかも知れない。
何故ぼくはここに立ち寄るのか?
ここに店があるからである。なんちゃって
ドアをくぐる。ホッとするほど閑散としている。
有線から流れるコルトレーンが侘びしさを増長している。
「いらっしゃい」マスターがカウンター奥から一瞥を投げる。
ユマはカウンターに突っ伏して動かないでいる。タンクトップの細い肩が白い。
マスターが伏したユマの頭を小突く。
ユマはぐしゃぐしゃと手のひらで瞼をこすりながら顔を上げた。
「ども」なにか空気の濁りを感じて、ぼくはおずおずとした声になった。
身の置き場に困り、とりあえずテーブル席に腰掛けた。
店内に動きはない。
「ユマ!」マスターが語気強く指示する。
カウンターで向こうをむいたまま頬杖をついていたユマが面倒くさそうに立ち上がる。
「なんにしますか」抑揚も表情もない投げかけ。
「あ、ビールを」
ユマはカウンター奥を見て指でトンと天板をたたいた。
マスターは一瞬ユマを睨み、ビールの栓を抜いてグラスと共に差し出した。
トレーに載せてユマが運んでくる。
なにか抜き身の刃物がそこにあるような冷え冷えとした緊張感に著しい居心地の悪さを
感じながら、ぼくは首をすくめていた。
ユマがぼくの横に座り、無言でビールを注ぐ。
「…」泡がちになったグラスから目をそらせない。
背もたれに身を委ねるとユマはたばこに火をつけた。
「あの」居たたまれなくなってぼくは口を開いた。
「なんか、あった…んですか」居心地の悪さが敬語にさせる。
「…」ふうっと煙を吐き出し、ユマは黙っている。
とりつく島がなくてぼくはグラスを口に運んだ。
ゴクリと妙に大きな音をたててビールが喉を落ちていった。
明らかにイライラした様子でユマは虚空を見ている。
「ユマ!」マスターが声を荒げた。
ユマはマスターに一瞥をくれて、そしてぷいと横を向いてしまった。
なんなんだろう。
状況がつかめず尋ねることもできず、ただだだ盛りの風雨にさらされているような
かんじで途方に暮れる。
なんなんだろう。
ぼくはなんでここにいるんだろう。
話がしたかっただけだ。馬鹿馬鹿しいことでいいから一方的に話したかった。
ぼくはなんでここにいるんだろう?
ユマの指先のたばこから上る細い煙のたゆたいのように、ぼくの心持ちも揺れた。

イケナイコトカイ

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どこで知ったのか、アキバに開店した「メイド美容室」なるものの噂を
聞きつけたらしく、居候はそのサービスの内容に興味津々である。
モエシャン』というそのメイド美容室なるものの存在は、ぼくも
ニュースサイトなどで見て知っていた。
リンク先を辿ると衒いのない公式Webサイトが開く。
トップページ等には山本梓似の美容師が、例のメイドコスチュームで業務に
いそしむ姿がある。これはこれで清潔な印象で怪しげな様子はない。
『かっこいいヲタ』をつくり出すことに邁進すると、オーナーは鼻息が荒い。
ふと考える。
電車男』でも脱ヲタを巡るくだりがあったが、男というものは見た目を改善すると
評価は変わるのだろうか。


美容師というとサイトーのことが思い出される。
サイトーには常々「お前は見てくれから直さなければ受け入れられない」と
失礼なことを言われてきた。
確かに元来自分のなりに頓着しない方なので、放っておくと頭髪などボサボサの
ままになってしまいがちなぼくである。
金を払えばサイトーは無茶なことはせず、普通に散髪したが、カットモデルとして
呼ばれた際には、極めてぼくらしからぬスタイルにされた。
すると意に反して周囲の評価は良好だったりしたものだ。本当に変わったのは
見た目だけ。中身は相変わらずの優柔不断なぼくでも、そこは評価の対象では
ないらしい。
隣の席の山田は伸ばしてしまうとアフロになるような、かなり癖のきつい
天然パーマである。石原某のそれと酷似している。
だから意外にマメに3週間に一度の割合ぐらいで散髪している。
一応終始こざっぱりした印象を絶やさないが、その努力をもってして、
やっと普通という評価で、とりたてて身だしなみに気を使っているとか
そういった賛辞には結びつかない。
ぼくは山田の見えない部分での気の使いようはおしゃれという評価を与えても
いいのでないかと思う。
結果かっこいいかどうかは別として、気を配ることが大事なのではないかと。
しかし、山田はおしゃれには見えない。それがイタイ。