血統書付

朝から背中がかゆい。
もうなんていうか我慢できないくらいかゆい。
かゆいとこが、ちょうど死角のポイントで、
どう手を回しても届かない。
…かゆい。
奥歯にものがはさまったような気持ちで…ちがった
かゆいところに手が届かないので
課長の差し金(金属で出来たながーい物差し)を拝借して
ロッカーに隠れて背中に差し入れた。
場所がロッカーだから身動きが自由にとれず
体ひねってむりやり差し込んだら、
差し金の角でガリリリッと背中の肉を削ってしまった。
「!」
かゆいのは治まった…ってかそれどころじゃなくなった。
痛い。ズキズキする。
背中が痛いと、どうにも痛がってる姿に
真剣みが感じられないように見えるらしい。
こう体をよじりながら痛い箇所を押さえることも出来ず
なんていうか、心の底からだだをこねる子どものような格好で
オフィスに戻ってきて、でもしばらく動けなかった。
つらくて動けないと、だいたいが机に突っ伏してしまって
その様子を見た人が「大丈夫?」と気に掛けてくれるものだけど
背中が痛いと突っ伏せない、突っ伏すと背中が引っ張られるので余計痛い。
だもんでいきおい、こう大あくびするするような伸びをする格好になる。
と、あまり感じのいい様子に見えないらしく
「朝っぱらからダラけてんじゃねぇよ」とお叱りが飛ぶ。
「ずいま゛ぜん…」
背中に傷があるとどういうわけか息がしにくい。
まるで背中の傷から空気が抜けてるみたいで。
痛くて歯を食いしばっててその歯のすき間から息が抜けるんで
「ひろーひろー」みたいな奇怪な口笛もどきが止まらない。
隣の席の山田が不審に思ったらしく
「なにやってんの?おまえ」
「背中が…」といってるつもりでも発音は
「へらかか」にしかならない。
山田はぼくの背中をのぞき込みひとこと
「正ゴールキーパーだな」
ワイシャツを脱いでみると背中に太く縦一本、真っ赤な筋がしみている。
血筋がいい。
………。

恥ずかしながら背中の血だまりを見て卒倒してしまったらしい。
気がつくと応接室のソファにうつぶせに寝かされていた。
背中は治療してあるらしくガーゼと包帯でぐるぐる巻きになっていた。
月曜日の朝から倒れるなんて俺は思春期の女学生か。
背中のキズはまだズキズキしたが、それより気になったのは
「月曜の朝に倒れてしまった」ということと
「差し金を拝借したことが課長にバレませんように」ということだった。

関東地方は梅雨入りしたらしい。