薔薇

経理の吉永さんはきれいな人だ。
数字を追いかける仕事なんかしてると
なにかこう、怒っているようなけわしいような
イタイ表情になってしまうものだが
吉永さんはいつもアルカイックスマイルとでもいうような
落ちついた笑みを湛えている。
鼻濁音もまろやかに物腰おだやかな応対をするので
電話に出ると男性にも女性にも評判がいい。
きれいな人は字もきれいで、左利きなのに
崩れる様子もない凛とした字を書く。
吉永さんはきれいな人だ。


きれいな薔薇にはトゲがある。
きれいな吉永さんのトゲはニンニクだ。
吉永さんの大好物はニンニクである。
もうニンニクにくびったけなんだそうで
朝から1個(一片じゃなく)をすり下ろして食べてくるらしい。
昼食もかわいらしい弁当を持参してくるのだが
おかずの片隅には決まってニンニクのたまり醤油漬けがコロコロ入っている。
それをおいしそうにカリカリやる。
三時にはニンニクチップがお茶請けだ。
一日中片時もニンニクから離れない。
そんなきれいな吉永さんは、だからニンニクくさい。
いい表現ならガーリックの「香り」なんだろうけど
うつくしい人でもニンニクのにおいは「ニオイ」だ。
吉永さんはニンニクのニオイがもとで
恋人に去られた経験が一度や二度ではないらしい。
「もう我慢ができないんだ」と言って言い寄ってきた男性も
「もう我慢が出来ないんだ」と言って逃げ去っていくそうだ。
「横顔が素敵だ」と言って正面から見つめ合ってくれなかった
男性もいたそうだ。
以前電車でアブラぎったおじさんと隣り合わせたが
そのおじさんは電車を下りるときに無言で吉永さんに
フラボノガムを手渡していったそうだ。
アブラぎったおじさんも閉口するくらいくさかったということらしい。
きれいな吉永さんは快活に笑いころげながら
「でも好きなんだもん、しょうがないよねー」といって
ほんとは不幸な出来事な話をいくつも聞かせてくれた。
そんな吉永さんは素敵だと思う。ニンニクくさいけど。


ニオイと言えばうちの居候は体臭がきつい。
きついんだけどその体臭はなんというか
フローラル系というか安い芳香剤の「スズランの香り」のニオイだ。
これはこれで受け止める方も微妙な気分である。
きれいな薔薇にはトゲがある。
薔薇って漢字で書ける?と尋ねていたのは木梨婦人だったか。