そのスピードで

「おぬし、ハゲがあるな」
しげしげとぼくの後ろアタマを見ていた居候が指摘した。
「!」慌てて合わせ鏡して頭を丹念に調べてみた。
ぼっさぼさにしていた髪をごく短く刈り込まれてしまったせいで
今まで知らなかった自分の姿を目の当たりにした。
なんていうのか、10円ハゲ?銭ッパゲ?
硬貨ほど大きくはないんだけど、小豆粒大の、でも見事なハゲが
頭頂部にふたつ、右後ろ側頭部に三箇所あった。
ショックだった。
ハゲというとなんとなく毛が薄くなったり抜け落ちたりという
段階的な認識のもと、緩やかなあきらめにも似た寂寥感と共に
受けとめるようなそういったもののように考えていたが。
円形脱毛症というやつではないのか?」居候が尋ねる。
ぼくが背負った小豆大のそれは、確かに
もともとそこになにかがあったような形跡はなく、
つるりとして手のひらのようだ。
毛根がないということはそもそも毛髪がなかったということだ。
円形脱毛症…むかし山田邦子が剃髪していたことがあったが
あれも円形脱毛症の治療ではなかったか。
井手らっきょももともとふさふさしてたし。
「ストレスだよぉぉ」ぼくは呻いた。
「あんたが転がり込んできてからロクなことしないじゃないか!」
「オレ様のせいだってか?」
居候はまるきり他人事を決め込んで
「ストレスってのはな、与えられるもんじゃない。自分が生み出すもんだ」
「なにわけのわかんないこと…」
「いいかよくきけ」
居候は詰め寄る。
「ストレスを感じるものなんてのは有象無象だ。身の周りすべてがストレスのもとだっていっていい」
「…」
「そのなかでオレ様をストレスの素として選んだのは、他でもないおぬし自身だろ」
「…そうだけど」
「それ即ちオレ様に対する感情がおぬしの中で拮抗してるということだ」
「そうだよ」
居候はぼくの鼻先に指を立てて
「おぬし、オレ様になにを期待している?」
「え」
「オレ様になにを求めてなにを阻害されている?」
「それは…」
ぼくは言葉に詰まった。
居候は鼻で笑うと
「いずれオレ様の聡明さに地団駄でも踏んでおるのであろ?」
「…」
「それもこれもおぬしのこころの成せる業、すなわちおぬしが生み出しているものに相違ない!」
居候は見栄を切らんばかりの上得意で言い放った。
そうか、そうだったのか。
水を浴びせられたような納得にかすめ取られそうになって…
はたと思った。
「…アレ?」
「なんだ?」
ギモン点とかモンダイ点とかそういう点が散らばってきた。
「おかしい。やっぱおかしい」
「なんだ?」
点と点がつながって線になった。
「やっぱ、あんたがいるからストレスなんじゃないかぁ!」
線は意志を持ってユルシマ線になった。
「あんたがいなけりゃハゲるほど考えなくていいんじゃないか」
「そんなものは単なるきっかけ」
「なんだよ?」
「要するにだ。ストレスに負けやすい心だということだ」
分かったようなことを…。
「迷わないことだ」
居候は静かな口調で告げた。
「強いこころを持て。強い気持ちを持て」
うう、言い返せない。
「たくましく生きろ」
「…」
「そして、時には緩やかに心を解き放て。のんびりするのだ」
感動しそうだ。居候、あんたって人は…。
「そこでだ」
居候は向き直ってニタリと笑う。
「?」
「週末に温泉などどうだ?お伊勢あたりに繰り出して」
覚めた。
「温泉行きたくて回りくどい講釈たれてたの?人のハゲ、ダシにして」
「老人をいたわるのも若人の勤め」
あほらしくなってぼくはそっぽを向いた。
そっぽを向いたらブラウン管と鏡が「合わせ」の状態になって
側頭部のハゲが目に映った。
居候は「ハゲに効く湯」だの「赤福赤福」とはしゃいでいる。
ちくしょー、今に見てろよ。