ことのほか

隣の席の山田と「水虫とハゲではどちらが悲惨か?」というはなしに火がついた。
山田は言う。
「罹患している本人のことはともかく、一般的にハゲは本気で取り扱われてない」
彼が目を向けているのは製薬部門の態度である。
水虫は新処方、新配合の治療薬が雨後の竹の子のように
熱心に各社から開発され注目されているものの、
ハゲ薬はどうにも真剣みが感じられないらしい。
第一製薬ガッシュ『育毛は情熱だ』
アルゼンチンタンゴってのがそもそもバカにしてる。
「闘わなきゃ現実と!」
役所広司がたしなめていたのは、あれも第一製薬だったか。
薬の商品名にも真剣みが足りない。
「ペンタデカン(ライオン)」意味があるのか?この名前。
「サクセス(花王)」そもそも頭髪との友好に失敗してないか?
横文字の名前はなにかこう、楽しんでるフシすら勘ぐってしまうが
他方、和名というか漢字の商品名にもいささか首を傾げる。
「毛髪力(ライオン)」
すがりたくなるような言葉だが、これを握りしめてレジに差し出したとき
十中八九、店員は購買者の頭を見やり「ムダ」と笑いをかみ殺してるだろう。
「不老林(資生堂)」
ことばの響きも字面も雅やかだが、なにかもう間に合わないんじゃないかという
たそがれた諦念もうかがえる。ひたすら残念な気分だ。
紫電改カネボウ)」
だいたい意味が分からない。大戦中の戦闘機の名前らしいがハゲとなんの関係があるのか。
なるほど、山田の指摘も一理ある。
またケアというアプローチの「かつら」関連は、かのプロピアの出現以降
各社ともなにか焦りのような動揺が見られ、浮き足立っていてこれはこれで面白い。
切磋なくして琢磨なし。健闘を祈る。
「ハゲは比較的迷惑をかけない」
これはぼくの論だ。
これからの梅雨時期、毎年山田の水虫は悪化し、本人が苦しむだけなら
これと言った問題はないのだが、山田は社内で靴下を脱ぐ。
脱いだ靴下をたまたま不在だった人の席に掛けたりする。
山田の靴下を掛けられた被害者の中には脇腹に白癬菌が感染して
しらくも・たむしのような症状を患った女子社員もいる。
そういったアウトブレイクな迷惑もアレだが、なにより裸足になられるとくさい。
脚の指のまたなんか掻きむしった手で仮払伝票を提出する。
悪いのは水虫なのか山田なのか思案を待つまでもないが、やはり水虫は迷惑だ。
その点ハゲていて他人に迷惑はかからない。
なにかファニーとか滑稽とかそういった印象を与えもし、周囲を和やかにする。
「ひとつ言えるのは」
論争を締めくくるように山田がつぶやいた。
「その苦しみは本人にしか分からないってことだ」
ぼくは強く頷いた。