血煙高田馬場

居候の傍若無人を放っておくとぼくのイメージがどんどん悪くなる。
本日のヤツのブログは「アキバ系」ネタ
…確かに飾ってあるさ、フィギュア。でもコカコーラのおまけでついてきた
峰不二子のだぞ。萌キャラじゃないぞ。
その辺断っておく。
ぼくは自分でいうのもなんだが「オタク」とか「アキバ系」ではない。
アキバ系はアリかな。
ともかくオタクではないと思う、その域まで達していない。
友達にその癖のあるやつが何人かいるが、彼らはおしなべて
自らをオタクと認める。そう呼ばれてはばからない。
そこが違うし、見てくれや癖だけでオタク呼ばわりされれば
ぼくは憤慨する。一応。
まぁヒッキ傾向はあるとは思うけど。用がないとこもりっぱなしだし。



居候がお隣さんから七輪を借りてきた。練炭付で。
…なんだってお隣さんはそんなものもってんだろう?まさか…。
まぁそれは、いい。まだ生きてたから借りてこれたんだろうし。
「秋刀魚だ!」居候は意気揚々である。
手を引かれてスーパーへ。
しかし鮮魚売場には『冷凍』と書かれた秋刀魚しか置いていない。
冷凍といっても水揚げ後即冷凍なんだから生とそう変わんないよ、と
なんぼ言い含めても居候は納得しない。
さんざんあーだこーだ文句をたれて一悶着し、結局塩サバを買った。
…生にこだわってたのはなんだったんだ?
必需品と言いながら、スダチと大根も購入した。
「御膳御膳」と足取りも軽やかに、居候はぼくを置いていきそうな勢いで家に戻った。
「大根をあたれ」青首半切りをぼくに放る。
ぼくは大事なことに気づいた「下ろし金なんかないよ」
居候は呆れはてた顔でぼくを見やる「…なぜ先に言わん」
「だって、んなもん使わないもん」
ちっとも似合わない『Woops!』のポーズをみせる。
大根を奪い取り、居候はキッチンに立つと
トントントンと小気味いいリズムを響かせ始めた。
「どうすんの?」覗き込むと大根の千六本をこしらえていた。
「?どーすんのさ」
「ないよりゃましだ」
皿にこんもりと千六本。サラダにしちゃえばと言っても請け合わない。
「始めるぞ!」塩サバをピタピタ叩きながら居候は気勢を上げる。
「ちょっと待ってよ、練炭で焼くの?」
「いかんのか?」
よくわからないけど練炭じゃないんじゃないかな。
…なんだっけ?ビンチョータンとかなんかそんなんじゃなかったっけ?
「火がおこせれば魚も焼けよう」
「なんかやだよ。変なニオイつきそうだし」
ふむ、と考え込んで居候は
「では求めてこい」あごで指図する。
めんどくさいと言っても「行け」と譲らない。
「しょーがねーなあ」ぼくは重い腰を上げながら
「下ろし金も買ってこようか?」
居候はピクッとなったが「無用」と虚勢を張った。
「もどるまで待っててよ」ぼくは部屋を出た。
駅向こうまで少なからず距離があるが、まぁ自転車なら。
夕げの匂いが漂う街をスイスイと走った。
スーパーの二階、日用雑貨や衣料などを扱っているフロアにて
キャンプ用の炭を購入。
居候はああ言っていたけど、せっかくスダチまであるんだからと
一番安い下ろし金も買った。
買い物袋をブラブラさせて歩きながら、ビールなんかはいらないのかな?なんて
思いつつ自転車を走らせた。
近所のコンビニでビールを買って出てくると、なにやら町内が騒がしい。
「?」
アパートに戻ると人だかりが出来ていた。大家を始めお隣さんやら三軒向こうの人やら
向かいの早坂さんやら十数人がぼくの部屋のドアの前で叫んでいる。
「どうかしたんですか?」尋ねるとお隣さんが駆け寄ってきて
「無事だったんですか?」
「?」
「ボヤですよ!お宅の部屋から…」
「!」ぼくは押し寄せている人々をかき分けドアを開けた。
戸口のすき間からもうもうと煙が漂ってくる。
「こら!」ぼくは部屋に駆け込んだ。
「遅かったな!」居候は満面の笑顔に涙目でぼくを振り返った。
「なにやってんのさ、部屋んなかで」
「安心しろ。練炭でも妙なニオイはついてない」
「そうじゃなくて!」
大家さん達も血相を変えて部屋に上がってきて
「大丈夫ですか!」香ばしい煙を上げる塩サバを見て絶句している。
「申し訳ありませんっ!」



野次馬をなんとか一掃するとアタマに来たのと恥ずかしいのと馬鹿馬鹿しいのとが
ごっちゃになって、ぼくは力が抜けてしまった。
怒る気力もなく、ただもうおかしくておかしくて仕方なかった。
ぼくの部屋の窓から煙が上がっているのを、最初に見つけたのはお隣さん。
ドアの外から呼びかけても返事がないので煙に巻かれているのではと
大家さんのもとに走り、すったもんだしてるのを見てご近所さんが
一斉に集まってきたらしい。
騒ぎを聞いて駆けつけた町内会長は、ぼくの帰りがあと少し遅かったら
消防を呼ぶつもりだったと、なぜか少し残念そうな顔で言った。
「気をつけてくださいよ!」大家さんは眉をつり上げた。
「すいません、すいません」
平身低頭詫びるぼくの後ろで、居候は下ろし金をみつけて嬉々としていた。