ベストセラーサマー

居候はこう言う
日増しに暑さで不快が募るここのところ。
ぼくなどは元来極端な温度差がきらいな質だから暑い、寒いは我慢できない。
というかもう、その兆しを肌で感じた時点ですべてを投げ出したい心境になる。
居候はというと。寒いのはお気に召さなかったようだっが電車やコンビニが
エアコンを回すようになりはじめてきてからこっち、俄然元気いっぱいだ。
一度は熱中症に倒れたこともあったが、先週辺りからめっきり活動的になり
汗をダラダラ流しながら漫遊を続けている。
この間の日曜はお隣さんに連れられて「野営」と称して食べられる草をむしりに
近所をはいずり回っていた。
「リストラされても喰わしてやる」と、その晩はペンペン草やらはこべら、
気持ち悪いぐらい大きくなってるツクシなどが食卓を陣取った。
天ぷらにしたりお浸しにしたりと、居候はここぞと腕を振るったが
ぼくはあまりというかほとんど箸をつけられなかった。
居候は不服そうに、これらの食材を入手するのにどれだけの困難があったか、
野草のたくましさを食して見習えとぼくに散々発破をかけたが、無理。
確かにその辺に生えてる草ということで衛生的にも眉唾なところは懸念材料だし
それよりもなによりも、生来の食の細さに加えて近頃のこの暑さにあてられて
めっきり食欲がない。野草の煮える、極度の青臭さに調理中から
えずきを抑えるのが精一杯だった。
ふてくされたように黙ってしまった居候だったが、一度食卓を片付けると
再び流しに立つ。
「どっちかを流し込んでおけ」とはこべらの天ぷらの天茶漬けとツクシ入りの
雑炊をこしらえてきた。気遣ってくれているのだと分かったので
雑炊にだけ口を付けた。それも平らげることは出来なかった。
「だらしがないな」呆れたように居候はこぼした。
「ごめん」なにも言えなかった。
腹に力を据えないといい仕事などできんとか、ひ弱な子孫を残すと
後で恨まれるとかいろいろ苦言を呈していたが耳をかすめただけだった。
翌朝。
なにがそうさせるのか居候は4時過ぎには起き出して体操したり
空気を入れ換えたりとバタバタ立ち働く。
「頼むから静かにしてよ」文句を言っても
「快い朝だ、起きよ」と全く取り合わない。
見れば妙に肌の色つやがよく生気がみなぎっている感じ。
ジジイの活力は野草の灰汁で補うのか?
ぼくはといえば、喉元から胸の真ん中を通って鳩尾のあたりまで
灼け火箸を通されたような胸焼けを感じて目覚めが悪い。
なんか錆び付いたようなため息を吐く。体も重い。
「立て」居候はぼくの襟首をつかむと、食卓へとつかせる。
「食べなさい」
見ると味噌を塗って焼いたおにぎり、怪しげな草も入った具だくさんのみそ汁、
立方体に近い卵焼きなどが並べられている。
「喰うまで表に出さんぞ」居候はご満悦である。
立ち上る湯気にえずきをおぼえる。
「どうしても食べなきゃダメ?」半分泣き声で問う。
「朝げは一日の活力源」頑として譲らない。
観念して箸を持った。居候の料理は決してまずくない。それが唯一の救いだった。
へんな汗がこめかみの辺りから滑り落ちてきたが、こらえて食べ進んだ。
「ぐちそうさま…」涙が出そうになった。
「欲枯れたれば生きる道なし」
子持ちシシャモのような胸苦しい気持ちで家を出た。
「夕げには有精卵4個使ってカツ丼をこしらえてやるぞ」居候の声を背中に聞く。
ぼくは肝臓だけが目的で土に埋められ栄養過多にされるアヒルの気持ちが
痛いほど知れた。