部屋とYシャツと私

クールビズが励行されて初めてその効果が発揮された今日だった。
東京は今週アタマから土砂降りを含んだぐずついた空模様続きで
気温も日中で20度前後という、過ごしやすいというより
肌寒い日が続いており、ジャケットが手放せないくらいだった。
暑ければ暑いで腹を据えかねるものだが、暑さを鑑みて辟易する
心の準備をしているところへの存外な寒さは、かえって対処に困惑する。
外気温が20度前後だというのにオフィス内は冷房が28度設定で運転している。
課の女性達は口々に不満を訴えた。この馬鹿げた行状は韮崎さんの
冷房規制に対するささやかな抵抗だった。
理屈で考えると、冷房とはいえ28度なら外より暖かいかと思えばそうでもない。
圧縮されて乾燥したエアコンからの風は確実に冷房の産物である。
ぬか床に染み上がる水気のように、じんわりと皮膚をしびれさせていく。
室温の緩やかな低下でもそう感じるのだから、吹き出し口の真下で
送風のあおりを食らう女子社員達は耐え難いだろう。
あまりにも馬鹿げていたが平素は温厚な韮崎さんが「絶対に消さないでください」と
鬼気迫る表情で言い放つので手出しは出来なかった。
そんなこんなが3日間。昨日までの湿り気を残しつつ夏日近くまで気温を上げた
今日はクールビズ礼賛という日和だった。



クールビズクールビズと言っているが、要するに残業時のだらしない格好だ。
化繊混紡のような安物のいわゆるカッターシャツは、ネクタイを締めて初めて
衣服としての体を成す。第一ボタンまでしめないと襟の筋金のようなものが
緊迫しすぎて、横に広がってしまう。当初隣の席の山田はそのような
工夫のないノーネクタイ姿で出社したが、どう見てもその出で立ちは
日本史の先生みたいで締まりが悪い。
協議の末、ここはひとつボタンダウンだろうということになって
昼休みにこそこそ近所のサカゼンに買い出しにいった。
ようやっと本日、ぼくもクールビズデビューしてしまった。
身につけてみて改めて思ったが、これでは普段着と変わらないようなものなのだが。
オックスフォード地のシャツにスラックスというのは、
みゆき族の気分が抜けきらない支倉部長のようでなにか落ち着かない。
そもそもスーツ姿のジャケット・ネクタイ抜きということはシャツの裾を
スラックスの中に押し込むいわゆる入れパンなので、へそから上が普段着なのに
腰の辺りから通勤着が締め上げている感じで居心地がわるい。
品行方正な中学生みたいだ。
普段着なら迷わずシャツの裾はズボンの外に出す。シャツのボタンも
第2ボタンぐらいまでは開放する。
この習わしをクールビズ上で踏襲してみる。裾をスラックスの中に入れて
シャツのボタンを開放すると社交ダンスのインストラクターみたいだし、
裾を出してみるとスラックスの折り目がなんとも場違いで、
勤務時間中に引っ越しの手伝いに駆り出されたサラリーマンみたいだ。
スラックスをコッパンかなにかにすればいいのか…。
それとも裾はしまい込んで日本史の先生になるか…。
少しルーズめにネクタイだけは締めるべきなのか…。
プルオーバーのボタンダウンならまだマシなのか…。
それとも誰もそんなことは気にかけていないのか…。
韮崎さんはそれでもむきになってジャケットを脱ごうとはしないのだ。