WAKU WAKU させて

居候のブログはこんな ここをクリック



午後の仕事に取りかかろうと席に着いたとき携帯が鳴った。
見ると覚えのない番号を表示している。誰だったか…と思案を巡らしているうちに
応答メッセージに切り替わってしまった。
声を聴いたら誰彼も思い当たろうと、そのままメッセージを残させた。
通話が切れる。どれとばかり再生してみると
「…俺です」なにやら冴えない青年の声。駅にでもいるのか、
かまびすしい雑音のなか消え入りそうな弱い声だ。
「どうしちゃたんだよ?なんで連絡よこさないんだよぉ」
聞き覚えのない声だ。全く思い出せない、というより知らない人だ。
「…ごめん、ほんとごめん。カ○コのこと、全然」そこで切れた。
「カ○コ」はよく聞き取れなかったが「カメコ」もしくは「カネコ」だろうか。
名乗らないので結局誰か分からなかったが、どうも間違い電話のようだった。
「俺」くんはなにをしたのだろう?今にも泣き出しそうな細々とした声で
しきりに「カネコ」か「カメコ」に謝っていたようだ。
携帯を前に腕を組んで思案する。どうしたものか?
折り返しかけて間違いを伝えるべきか、ほっときゃ気づくだろうから
そのままにしとくべきか。
なにか触れてはいけないものに出くわしてしまった気まずさがあったので、
こちらからアプローチするのは躊躇われた。
と、また携帯が震えた。同じ発信者だ。
手も伸ばせず、携帯を注視する。震えは止まり、メッセージを受信している。
小窓の灯りが消える。手に取り再生してみる。
「俺だよっ」今度は少々語気が荒い。
「ななんだよ、俺だけが悪いっつーのかよぉ?」
どうもなにか腹に据えかねているようだ。吃音気味なので聞き取りづらかったが
主旨としては「俺」がなにか一方的に咎められているような塩梅だが、お前には
非がないのか?というようなことのようである。
「おおお俺、知ってんだぞ!おま」高ぶった声は発信音に断ちきられた。
いよいよもって眉をひそめる事態になった。
「俺」はただならぬ怒気をはらんだ心持ちになっているようだ。
「俺」をここまで忘我させるようななにを一体「カメコ」ないし「カネコ」は?
興味をそそられるような、危うきに近寄らずを決め込むべきなような気持ちで
携帯を見ていると課長に呼ばれた。
5〜6分ほど席を離れ、戻ってみると2件の着信が標されている。
少なからず胸を高鳴らせて再生。
「出ろよ!いるんだろ?わわかってんだかんな」声はわなないている。
「ソッキーから聞いてんだよ!お前、キウチとコソコソ会ってんだろ?」
怒鳴り口調になっているので最前よりは聞き取りやすくなっているが
興奮していて「キウチ」は「キムチ」に聞こえた。
しばらく荒い息づかいの2件目。何事かブツブツとつぶやいていたが
「これからそっち行くから」と言って切った。
『そっちへ行く』
間違い電話だからまさかここへは来るまい。その不安はすぐ失せたが
では「カメコ」もしくは「カネコ」は?
人事ながら胸のざわつきを抑えられずにいた。いかにせん。
これ以上聞いてしまって巻き込まれたりしないか?…しないか。
突き止められて僕が狙われたりしないか?…理由がないか。
妄想は広がり仕事が手に着かない。
なんのことはない電源を切ってしまえば事切れる。しかし気になる。
「俺」は必ずコールし続けるはず。
どれほど逡巡していたろうか、果たして携帯はいなないた。
高鳴る胸を押さえ受信完了を待って携帯をとる。怒りはピークに…
「ごめん、悪かったよぉ、出てくれよう」半泣きだ。
しかしトントントンとなにかを叩く音が混じる。
「マジでもうマドカとは会わないからさぁ」トントントン。
「開けてくれよぉ」どうもドアをノックしているようだ。
「カ○ちゃーん」声は途切れた。
頭を抱えるような女々しい声音と情けない態度に興が失せた。
携帯の電源を切る。


首を鳴らし、滞っていた仕事に取りかかった。
携帯を変えたが便利なことばかりではないようだ。