スターダスト・メモリー

今日の居候のブログはこんな ここをクリック

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目に映るもの片っ端から文句をつけて、居候は朝から不機嫌だった。
ぼくはさっさと床についてしまって知らなかったが、居候は明け方まで
スペースシャトルの打ち上げの模様を見守ってたらしい。
報道によれば今回も失敗だったらしくその対応の不味さを糾弾する
論調にあふれていた。
眠気を振り払いながら仕舞いまで見届けた居候は残念の気持ちおさまらず
眠りにつくこともできず朝を迎えたようだ。



「いつか宇宙をゆく」居候は納豆を混ぜながら断言した。
「なんでそんなに宇宙に憧れるの?」しらすおろしに醤油をかけながら問うた。
「無垢な心を持った人間ならば宇宙は無条件のあこがれだ」秋刀魚の味醂干しに
前歯を立てて居候は気色立った。
「そうかな」ぼくはほうれん草のおひたしに鰹節をかける手を止めた。
「おぬしは宇宙飛行士に憧れたことはないのか」黄身を潰してからめた目玉焼きを
口に運びながら居候は尋ねる。
「別に。考えたこともない」そう言って馬鈴薯の味噌汁をすすった。
「かわいげのない奴だな」たくあんをブリブリ噛みしめながら居候は蔑んだ。
「だってさ、ぼくらの認識じゃ宇宙飛行士って職業だからね」目配せした居候に
ドレッシングを渡しながらぼくは反論した。
「どういうことだ?」受け取ったドレッシングを振りながらぼくを見る。
「あのね、特別なもんじゃなくて旋盤工とかオートレースの選手とかと同じ
選択できる職業だってことだよ」ブロッコリでマヨネーズを掬って口に放り込む。
「…職業とな」焼いた油揚げをつまみあげて居候は考えている。
「たぶんあんたの印象では宇宙飛行士ってすんごい特別で、
誰もがなれるものじゃないってかんじなんでしょ?」梅干しに口をすぼめながら
ぼくは、少し意地悪に聞いてみた。
「特別な存在であろう?」居候は茶碗をもって立ち上がるとそう聞き返す。
「そりゃ特別さ。だけどそうなるための手だてが用意されてるよ」ぼくは
プチトマトのへたをつまみとって皿の端に置いた。
「手だて?」飯をよそう手を止めて居候はぼくを見る。
「しかるべきところでテストを受けて、しかるべきところで訓練を受けて、
しかるべき成績をあげて、晴れて宇宙飛行士さ」キュウリのぬか漬けを
頬張りながら説明した。
「そう考えるのか。夢がないな」しゃもじについた飯粒を刮ぎながら
居候は寂しそうな声を出した。
「夢を叶える手だてが用意されてるんだから夢を手に入れられるじゃん?
それはそれで素晴らしいことだと思うけど」ぼくは海苔の佃煮のフタを開けた。
「夢というのはそういうことととらえるのか」らっきょうのたまり漬けを
カリカリやって居候は不満そうだ。
「実現不可能なものでなければ夢だなんて、それは違うんじゃない?
あんたの頃は夢を食べて生きていたのかも知れないけど」味噌汁を飯に掛けて
ぼくは一気に流し込んだ。
「そんなものかな」味付け海苔で目玉焼きごと飯を巻き込んで
居候は口に押し込んだ。
「……」冷えてしまった茶をすすって、ぼくは立ち上がり
「ごちそうさま」



少し意地悪をしてしまった。
少年のように宇宙へのあこがれを語る居候がすこし眩しく感じて
そんな夢を語ることの出来ない自分がひどくつまらないものに思えたから。
まだ真っ青だった空を見上げて遠く遠くを思ってたのかも知れない。
戦闘機乗りになりたかったのかも知れない。
旅客機のパイロットを目指してたのかも知れない。
空への憧れは宇宙へと夢はせたのかも知れない。
そんな真っ正直な少年の部分はいまのぼくに見当たらないような気がした。
今日も東京は存外肌寒いのだった。