クロスロード

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盆の入りに故郷で同窓会があるとのハガキが届いた。
サイトーの一件があったばかりで故郷がらみの巡り合わせだ。
会いに行くべきだろうか。あちこちからいろいろな話を聞いてるうちに
サイトーのこころの内を何となくおもんぱかって、
少なからずグッとくるような切ない気分になったものだが、
ひと月もしない内にまたバッタリあったらどんな顔をすればいいのか?
つくづく気をもむ。
それはともかく。
同窓会は中学のものだ。居候のブログを読んでその頃を思い出してみた。
当時はJリーグ華やかりしころで、スポーツに全く縁のなかったぼくも
それなりに動向に目を配り、友人らと分かったようなことを語り合っていた。
とにかくサッカーに関する知識があるだけで一目置かれる頃だったので
サッカー選手ですなどと言おうものなら女子から手放しでもてはやされた。
そんな世相を横目で睨みつつ、友人の笠巻と密かにリフティングの練習を
したものだった。馬鹿は楽しい生き物である。
笠巻は家が近かったこともあって比較的共に過ごす時間が長かった。
当時から149cmの身長に烈しいコンプレックスを抱いていたが、
結局成人しても身の丈は変わることはなかった。
身長コンプレックス以外では、なりは小さいが気持ちの大きな男で
「なんとかなる」が口癖だった。



Jリーグ開幕の年、中学時代、笠巻との記憶。これらをたぐり寄せると
一人の女子生徒に行き当たる。もやがかかった塩梅だがその女子をめぐる時間は
比較的明瞭な記憶がある。仮に名を「K」とする。
ぼくと笠巻、「K」は数少ない中学三年間同級だったものである。
ニキビ面とちびの冴えないぼくらと違って「K」は学年中から注目を集ていた。
女子バドミントン部のキャプテンで中総体でもベスト4にランクする実力。
健康的に陽灼けした顔には笑みを絶やさない、人当たりが柔和で
快活な女子生徒だった。少年のような短い髪が「K」にはよく似合っていた。
周囲が色めくのだから、凡百なぼくと笠巻は当然それにならった。
今はどうか知らないが当時という時勢がそうだったのかぼくらの周辺だけが
そうだったのかは分からないけれど、中学時代は男女ともお互いに
意識しながらも、うすら空々しい態度で本心を隠そうとする幼気さがあった。
「女子なんか気にしてられっかよ」周囲にはそう言いながら
笠巻はよく体育倉庫から女子バドミントン部の朝練を覗いていた。
なにか心動かされるものがあったとは思えないが、夏の夜の蛾が街灯に
吸い寄せられるように、ぼくも「K」に視線を注いでいたことは間違いない。


学校行事で中学二年の時に能楽鑑賞会という催しがあった。
午後からの授業をこれに充てて、行きは集団登校よろしく隊列を成して
県民会館に参じるが、公演終了後は現地解散で各自それぞれ帰宅の途につく。
方向が同じなのでぼくと笠巻はくだらないおしゃべりを交わしながら歩いた。
時が経つに連れ集団を成していた生徒達も方々に三々五々散り、
制服姿もまばらになった頃、前方に二人の女子生徒を見つけた。
「K」と、彼女と同じ女子バドミントン部の生徒だった。
ぼくも笠巻も努めておくびにも出さないように振る舞っていたが、
前方の二人が気になって仕方がなかった。
不意に笠巻が道端の空き缶を前方の二人めがけて蹴り飛ばした。
ガコンガコンと派手な音を立てて空き缶は彼女らの脇を抜けた。
「なにすんのよ!」女子生徒が気色立った。
「おんなじ道歩くなよ」通らない理屈を笠巻は投げ返した。
「ばーか」
「ばーか」まるで子どもだ。
「うるさいわね、ちび!」このことばに笠巻は逆立った。
逃げる女子を追いかけ回した。「待てこら」「やーん」などと言いながら
楽しむようにじゃれた塩梅である。
ぼくは呆れて見ていると「K」はくすくす笑っていた。つられてぼくも笑った。
笠巻らはずいぶん先まで走っていって、髪を引っ張ったり蹴りをもらったりしている。
ぼくと「K」は数メートルの距離をおいて同じ方向へ歩いている。
午後2時半過ぎ。普段なら授業中のこの時間に、全く別の空間にいる。
そのことが少なからず気持ちを揺らす。
見慣れた制服の後ろ姿の「K」も別の表情を見せているような気がする。
時折周囲に目をやったり、軽い伸びを伴って空を仰ぎ見る様子など、
その一つ一つが特別なものに思われた。
少し風を受けて髪が揺れたり、まぶたにかかる髪を分けたり、
なんでもない仕草が新しい発見のようだった。
常に笑顔で人に接する「K」の、表情を落とした様子は新鮮な印象だった。
近寄って話しかけたい、そう思っていただろうか。
笠巻らはいつのまにか談笑するような間柄になって遙か前方ではしゃいでいる。
ぼくは「K」との距離を詰め得ぬまま不器用な隔たりを保って歩いている。
快活な「K」の、なにか寂しげに見える後ろ姿を見ていた。
なにが寂しそうに感じたのか?今でも分からない。
やがて「K」は女子生徒の名を呼んだ。笠巻のもとから駆け戻ってきた彼女に
寄り添いながら「K」は角を曲がっていく。
曲がりきるとき「K」はちらりとぼくの方を見た。いつも見せる明るい表情ではなく
沈んだとても冷めた眼だったことをおぼえている。
姿が見えなくなった街角の奥からは最前のように明るい笑い声が響いてきた。



思い起こせばただそれだけ。一言も交わすことはなかったし、なにか
胸に残る出来事があったわけではない。
ただあのときの午後の空気と理由もなく寂しげに感じた「K」の後ろ姿が
ぼんやりとした記憶の中にもくっきりした輪郭をもって思い出される。
最近笠巻と出くわしたときに聞かされた、その後の「K」の道行きを思う。
あの中学時代にもうすでに彼女はそのこころに
大きな痛みを抱えていたのだろうか。
同窓会には「K」はきっと姿を見せないだろう。
姿を見せてもきっと気がつかないのかもしれない。
「K」は男性になったと笠巻から聞かされている。