ろくなもんじゃねえ

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だんだん腹が立ってきた。居候の放蕩ぶりにである。
2〜3日都会の暑さを避けての逃避行ぐらいなら、エアコン禁止令を出した
手前申し訳なかったと素直に詫びようと思っていたものの、もうかれこれ
2週間になる。一人で遊びほうけやがって、と羨ましい気持ちだ。
ぼくの生活の中で居候の存在が占める割合というものがこれほど大きく
波及していたのだと、いなくなって実感した。これは口惜しい。
裏を返せばどれだけ振り回されていたかということだ。
さらに口惜しいことに、その行状はヤツのブログに報告されているので
心配もできない。なにかハンカチを噛みしめるような気分だ。
放っとこう。


まぁ思えば居候とてこの部屋に居なければならない理由もなく、むしろ
ここにやってきたのだって、流浪暮らしのほんの一刹那のことだったのかも
知れないのだし。
そう考えて、ぼくは自分自身がなにか居候にとって特別な存在であると
思いこんでいたことに気づき、恥ずかしいような寂しいような気分になった。
週末には同窓会があるので帰省する。それまでに戻ってこないだろうか。
散らかし放題になってしまった部屋を憂う。このままで帰省している間に
ヤツが帰ってきたらどう思うか。じゃ片付ければいいのだが、自分は
出かけてしまって清潔になった室内を満喫することなく、ただただ
放蕩している居候のために清掃するというのが、どうにも納得できない。
いいじゃないか。遊び歩いてたヤツに掃除させれば。そうだそうだ。
放っとこう。


すぐ帰って来るものだと思っていたので、せいぜい2〜3日の我慢とおもい、
ろくな食事を摂っていなかった。少しの間凌げばまたあのうまい飯が
食えると思っていて誤魔化してきた。長期不在の感触が見え始めてから
食事のことを真剣に考えたが、外食に頼るしかない。
最近では帰宅時に伊勢屋によって飯をすますことが多い。不満はないのだが
昼も夜もというのはなにか味気ない気もする。
時折山田とか韮崎さんが飲みに行くというので、同行して酒肴で夕食を
誤魔化すこともある。
まぁ居候が作った飯でなければ食べられないということではないので
それほど気にすることもなかろう。ただ味気ないだけだ。
放っとこう。


居候が旅に出てからの大きな変化といえば、ぼくが少しばかり
アルコールになれてきたということか。
ウワバミの山田ほどとはいかないが、ある程度ゆっくりと過ごしながら
ならば、適当につきあえるようにはなった。鍛えているつもりはないが
帰りの道すがらコンビニで小さいほうのビールを買い求め、
テレビを見ながら30分ぐらいかけて1本を空けるようなペースで飲んでいる。
これからは一人走りする居候を暑苦しく見守るだけでなく、共に杯を
合わせるぐらいのことはできそうだ。酒が入ってからの居候の多岐に渡る
談義はかなり興味深い。つまみの一つも奮発して晩酌の相手をしてやるのも
いいだろう。そんなことを考えてなにを待ちこがれるような気分に
なっているのかと自戒する。それはそれで口惜しいじゃないか。
放っとこう。



ああ。こんなこと書くつもりじゃなかったのに。
これでは帰宅の遅い夫の行状を憂う主婦のようではないか。
口惜しいやら馬鹿馬鹿しいやら。
憤慨しながら爪を切ったら深爪してしまった。