みんなのうた

夏期休暇を終え課員全員が揃って平常業務に戻ったオフィスであるが、
盆明けの緩やかな動きの中にあって、電話の鳴ることも少なく
各人の仕事もあっさり片づいてしまった。
金曜も17時頃になるとオフィス内は談笑の声止まずの体だった。
夏休み気分が抜けないと意欲は遊興娯楽の方面に傾きがちである。
平素では全く考えられない、一致団結してなにか一つことにあたろうという
機運がにわかに課員たちのあいだで高まった。
「週末、みんなでどっか行こうよ」2005年の夏を棒に振った隣の席の山田が
まず気勢を上げた。
「海だ!海、行こ」その眼は喜結目さんを捕らえてはなさない。
「グアム行ったばっかじゃん?日本の海なんか興ざめじゃないの?」
事情を熟知しているぼくは意地悪な意見を山田にぶつける。
「冷房の効いたところで、なんかってのはダメなんですかね」
顎の汗を拭いながら韮崎さんは半ば懇願の口調だ。
「なにゆうてんねん。あっついとこであっついことするからええんやんか」
こういうことになると人一倍テンションを上げる課長が意見した。
「わたし、陽射しの下に二時間以上いたら溶けてしまいますぅ」
珍しく快打を放った韮崎さんの発言に一堂は声を上げて笑った。
「女性陣、水着はタンキニ、パレオは禁止よ」調子に乗った隣の席の山田に
女性課員から一斉にセクハラコールが上がる。
「なんやその『タンキニ』っちゅうのは?」
「『その男、タンキニつき』」
「シスアド養成タンキニ集中講座」
くだらないのにこんなときはなんだか可笑しい。
秩父だったか長瀞だったかでラフティングできるって聞いたな」
メガネを拭きながら山田さんが別案を挙げる。
「なんや?豚の角煮か?」ボケ倒す課長。
「角煮ちゃいますがな」隣の席の山田が調子を合わせる。
「わかっとるわい、アホ。川下りだろ?ゴンドラで」
「『旅情』じゃないんだから。ゴンドラじゃないですよ」
「なんかアレ、バナナボートみたいなヤツ」手振りを交えて隣の席の山田。
「渓流下りでしょ?涼しそう。いいな」片柳さんも賛同の意を告げる。
「片柳。おまえ、腹ん中空っぽだと酔ったときつらいぞ」偏食家の片柳さんを
つかまえて、課長は大きなお世話を焼いてアカンベをもらう。
「あっちの方ならオートキャンプ場もありますよねぇ?」黒坂さんが問う。
「いいですねぇ!肉焼きましょーよ」喜結目さんが歓声を上げる。
「コラ!カワイイ顔して『肉焼く』ゆうな。『バーベ・きゅう』言え」
「課長、アクセントが違います」余計なツッコミでどつかれる隣の席の山田。
「お肉お肉ぅ」喜結目さんのこころは決まったも同然だ。
「うちにツーバーナーのコンロあるから、釜戸でなくても大丈夫だよ」
新妻をもらってからなにかとアウトドア傾向のある黒坂さんが胸を叩く。
「場所取れるかな?今日の明日で」韮崎さんがまず不安要素を解消にかかる。
「オートキャンプ場でなくても、河原のどっかでできんじゃないですか?」
「宿泊じゃないし、空きはあるみたいだぞ」黒坂さんがネットで調べている。
「近所に温泉もあるやんか」課長が目を細める。
「決まりですかね?」山田がまとめにはいる。
「よっしゃ!納涼ラフティング&バーベ・きゅう大会だ」課長が催しに冠した。
「バーベキュー!」その場にいた一同が声を合わせて課長に突っ込んだ。


かくして我々一同は週末にラフティングに興じ、バーベキューを拵えるという、
従前では考えられないイベントを催すことになった。
参加者は課長、山田さん、黒坂さん、韮崎さん、隣の席の山田、ぼく、
女性陣は片柳さん、喜結目さん、鈴木シスターズと課のほぼ全員。
隣の席の山田のワゴンと黒坂さん、山田さんのワンボックスを駆って
現地へ向かうことになる。
居候のことが頭に浮かんだ。誘ったら奴も来るだろうか。もっとも明日までに
帰ってくればの話だが。
事前の準備や買い出しの分担などでひとしきり賑わってるところへ
「うちの奥さんも連れてっていいかな?」黒坂さんが希望した。
ぼくと隣の席の山田は一瞬ビクッとしたが
「おやつは300円までだぞ」
課長のからかいに皆、声を上げて笑った。