冒険者たち

関越自動車道は思いの外スムーズな流れを見せていて、混雑を予想の上
午前6時に出発したぼくらは快適な移動だった。
「レモンのハチミツ漬け」甘酸っぱい香りを放つタッパを片柳さんが差し出す。
「ぼく車酔いしませんけどね」相伴に預かり、口をすぼめながら応えた。
「こういう時はこういうものがいいのよ」
「おまえは野球部のマネージャーか」助手席で課長が突っ込む。
「次、寄ります?トイレとか平気ですか?」ハンドルを握る山田さんが問う。
「五平餅!」「フランクフルト!」鈴木シスターズが歓声を上げる。
「おまえら食ってばっかだな」課長が呆れる。


なんとなく盛り上がりだけで急遽企画した催しだったが、黒坂夫人も含めて
参加者11名の大所帯になった。
無難な選択として午前6時に会社前に集合し、11名を3台に配車した。
隣の席の山田は虎視眈々と木結目さんの同乗を画策し、その栄誉を手にした。
黒坂さんは16歳の新妻同伴でマイカーのオデッセイを提供しての参加
だったが、ここに同乗するのは躊躇われ、新婚夫婦だけで同行するよう気を遣った。
ホントは新婚夫婦相和しの空間で中てられたくないだけだったが。
隣の席の山田は木結目さん以外の同乗を拒否する構えを見せたが、
メガネの山田さんのエルグランドが8人乗りとはいえ、巨漢・韮崎さんの収容
までは無理と判断され、山田の野望は費えたのであった。
かようなことで、1号山田車には運転手山田さん、課長、鈴木シスターズ、
片柳さん、ぼくの6名。2号山田車には隣の席の山田、木結目さん、韮崎さん。
3号黒坂車には新婚黒坂夫妻という配車になった。
ぼくらは2号車を棚ぼたラブワゴンと呼んで注目していたが、韮崎さんという
強力な刺客を送り込んだことで山田の暴走は回避できるだろうと案じていた。


道中あちらこちらに寄り道したが、結局現地へは8時前に到着してしまった。
車のドアを開けるとけたたましい蝉の音と蒸すような山間の空気に包まれる。
都心からそれほど遠くないこんな場所でも空気の濃さが違う気がした。
「ラフティング、9時半からなんですよね」メガネの山田さんが案内を見る。
「なんか事前講習もあるんでしょ?」
黒坂さんと課長らが剰余時間の解消を画策している。
「韮崎さん!何で助手席座っちゃうのよ」隣の席の山田が憤慨し、詰め寄られた
韮崎さんはあうあう言っている。
木結目さんは鈴木シスターズと木陰で「お肉お肉」とはしゃぐ。
「結構蒸すわね」最後に車から下りてきた片柳さんは紫外線を気にしてか、
大判のスカーフを頭から被って顔に巻き付け目元だけを覗かせた出で立ちで、
さながらイスラムの女性の様相である。
「アルカイーダか、おまえは」課長が呆れる。
亭主のTシャツの裾を掴んだまま黒坂夫人もケタケタ笑っている。
「さーて、どうしましょう?時間余っちゃった」メガネの山田さんが問う。
皆一様に考え込んで、とりあえず朝食でも摂るかということになり、駅の方なら
ファミレスもあろうということで、一同やけに素直に車中の人に戻った。


ガストで小一時間潰し、途中に見つけたコンビニで軽く買い出しをして再び
ラフティング場へ戻ると9時半ぎりぎりだった。
なにをするにも間の悪い一行である。
ラフティングボートは7人乗船ということなのでオーバー30歳に黒坂夫人を加えた
チームとアンダー30チームに別れた。7月生まれの隣の席の山田が30歳に達している
ことはここでは伏せておいた。
合同で安全講習を受け、救命具等を装着して、今度はチームに別れて陸上での
操舵練習などを経ていよいよラフティングボートへ乗船する。
ラフティングボートといっても黄色の、一般的によく見る救援隊が乗っている
ようなゴムボートで、乗ってみると相当頑丈な感じであるが所詮ゴムボートは
ゴムボートで。なにが言いたいかというとつまり、韮崎さんの配置をどうすべきかと
いうことだった。左右どちらかのサイドでパドルを持たせた場合、そちらに
重心が傾いて不安定極まりないことになる。
スタッフの方の話では100kg前後だったら大丈夫とのことであるが。
誰もが口に出しはしなかったが、不安は各人のこころを支配していた。
むしろ他の誰よりも韮崎さん本人がもっとも怖がっていた。
いざ、ボートに乗り込む。山田と喜結目さんを先頭に鈴木シスターズが2列目、
3列目にぼくと韮崎さんが並んだ。あからさまに韮崎サイドにボート全体が傾いている。
「大丈夫なんですか?これ」山田がバランスを失いながらラフティングガイドの
スタッフに問う。
「大丈夫でーす」最後尾から声が上がる。ホントに?
ガイドの合図を受けてぼくらのボートは静かに渓流へと滑り出した。
「青春狂騒曲」につづく