夢追い酒

居候のブログはこんな ここをクリック


                                                                                                                                  • -

遡ること約10日前の8月20日、居候は帰ってきた。
わからない。ラフティングツアーから帰ってきたら、いた。
川下り、宴会、温泉でくたくたに疲れていたのも手伝って、取り立てて興味も示さず、
その日はすぐ床についた。丸っきり一言も交わさず。
居候は散らかり放題だった部屋を見かねて片付け、掃除洗濯も済ませていたようだ。
一言ぐらい礼を言っても良さそうなものだったが、とにかく疲れていたので
それも果たせなかった。
これが良くなかったらしい。
ぼくのこの態度を「シカト」と解釈したようで、返す刀で居候もだんまりを決め込んだ。
はじめは気まずい感じもあったが、よくよく考えればぼくが謝ることではないような
気がする。半月近くも放蕩してきた、それも居候の分際に何を気を使う必要があろうか。
そんなあおりで先週一週間は日記を止めていた。
日記を認めようとすると、口惜しいことに居候の挙動を追っている自分に気づかされる。
意地になってシカトの態度を貫いていた。
居候は居候で、帰ってきてからも毎日毎日誰かを訪ねたり、あちこちの催しに参加したりと
人生を楽しむ術に長けているところを見せつけた。
ぼくは居候ばかりを見ているのに、ヤツはぼくのことなどつゆほども気にしている
様子はない。
この時点でぼくの負けである。



ウイークデイはそれでも出社しているので気が紛れる。
帰宅してから翌日出社するまでの数時間をやり過ごせばいい。
これで毎夜飲み明かす課長の日常のような過ごし方でもできれば、帰宅の足も遠のき、
気遣い無用と楽になれようものだがそれも適わず。
そんなふうに一人で悶々とするのにも疲れた金曜日。
よくわからないがぼくから和解を持ち込もうと決めた。
家路を辿る道すがらコンビニでビールをしこたま買い込んだ。
三松精肉店の名物「肉じゃがコロッケ」、青果かわかみの完熟マンゴーと
アボカド、魚吉でさばきたてのカツオ刺、鳥清でハツ塩10串。
居候の好物の商店街グルメを肴に和解の酒を酌み交わそうという魂胆だ。
短期間ではあるがぼくも晩酌につきあえるくらい酒も窘めるようになった。
居候の土産話も聞きたい。ヤツが不在だった期間にぼくの周りで起きた
不細工な出来事も話してやりたい。「スカーラ」のそばめしの件では
一言文句も言っておきたい。
そんなこんな胸弾ませる塩梅で帰宅すると施錠されていた。
ドアを開けても中はもぬけの殻。
最近では外出しても書き置きすら残さない。
両手に抱えた晩餐の用意がひときわ重く感じた。
この数日の自らの馬鹿げた行状の末がこの有様か。
なにか空っぽな気持ちになった。
テーブルにまだ温もりの残る商店街グルメの包みを置いた。
指に食い込んで痛かった大量のビールの袋を置いた。
フウとため息が出る。
ビールを取り出しトップを抜く。ぐいぐいと一息で飲み干してみた。
鼻に抜ける炭酸で目頭が潤む。
ドラマとかならこんな時、自棄を起こして食べ物もビールもその辺に
ぶちまけるのかな?
二本目を抜いて、ぐいぐいと煽る。
長瀞でワイワイ飲んだときはあんなに旨かったのに、ビールってこんなに
苦かったっけ?
三本目を抜いて、でも流し込む勢いは衰えた。
ぼくらはお互いを思うとき、必ずすれ違ってきた気がする。
歩み寄れば疎ましく思い、突き放すと姿を追えぬほど隔たっていく。
小汚いジジイだよ、焦がれてどうするよ。
四本目を抜いた。勢いよく泡が弾けて飲み口から吹きこぼれた。
あーあ、こんな汚してまた怒られるな。
カーペットに染みを広げるビールをぼんやりと見ていた。