回転ちがいの夏休み

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一昨日は悪酔いというものをはじめて味わった。というか、悪酔いの果てというのは
自分には影響を及ぼさず、専ら周囲の人々にとばっちりを食わせるもののようで。
ビールを二本飲んだ辺りでマスターにそばめし関連のクレームを付けたところまでは
記憶しているが、その後がどうも不明瞭である。
無事帰宅はしたらしいが、枕元におびただしい量のうまい棒とよっちゃんの酢漬けイカ
散らばっており道程における出来事が推して知れない。
酔っぱらいってそんなもんでしょ。二日酔いしなかったので涼しい顔である。
結局居候はその夜は戻らなかった。



帰宅すると居候に満面の笑みで迎えられた。
食卓には久しぶりに腕を振るった夕げが用意されている。
見ると好物のちらし寿司もあった。
座れというので大人しく従う。
昨夜のことを訊こうかとも思ったが、その雰囲気ではないような気がしたので
ここでは触れないでおいた。関係ないことだし。
土産を渡していなかったと、なにやら大きな袋から幾つも包みを取り出す。
「全部これ、ぼくに?」量の多さにたじろぐのと素直に嬉しいのとで目を丸くした。
居候は得意げに頷く。
が、よく見ると大半が酒類、残りは物産品の食べ物だ。異臭を放つ包みはくさやの
ようである。
なにか純粋に喜べない、というと憤慨されるのでそのことばは飲み込んだ。
土産物というのは品物そのものの価値を推し量るより、旅先で自分のことを
思いながら品物を選んでくれたという事実が嬉しい。
と、ピーコが言っていた。いま、極めて御意である。
居候は床に広げた荷物の中からソフトボールくらいの包みを取り出し、
ぼくに差し出した。
「開けていい?」居候が頷くのを見留て包装紙を開く。
ちょっと肉厚の消臭ポットみたいなかたちのガラス器が現れた。
緑色のそれは、いなたい喫茶店などで使われるている耐熱ガラスのグラタン皿の
質感に似ている。
パイレックス…」ぼくは蛍光灯に透かしながらつぶやいた。
「なにを言うか。新島ガラスぞ」居候は憤慨した。
「え?有名なものなの?」居候を見た。
「日本国ではかの地でしか採取されぬ天然石を使用しておる」
「へー、そうなの」パイレックスの断熱ガラス器にしか見えない。しかし、
見たことないのでよく分からないがエメラルドのような色とでもいうべき緑色は、
なにやら高貴な印象もある。
「こいつでこれをやりたかったのだ」居候は別の包みを解く。
五合瓶ぐらいのサイズの薄黄緑色の液体が入っており『島自慢』とある。
「新島の地酒焼酎だ」ほくほくした表情で口開けする。
「香ってみよ」瓶を手渡される。注ぎ口に鼻を近づけるとなにやらやわらかな
木の実のような芳香だ。
「晩餐だ」瓶を奪うと嬉々としてテーブルについた。ぼくも後に続く。
居候は、その新島ガラスの杯に島自慢をとくとく注ぐ。緑に緑では華やかさも
少々残念ではあるが、グラスのオリーブ色は蛍光灯の下でも映えた。
カボチャのそぼろ餡かけ、きんぴらのかき揚げ、ウドとセロリの棒棒鶏
ワタリガニの味噌汁、ふんだんにアナゴを入れたちらし寿司。
ぼくの好物ばかりが並んだ食卓は、久しぶりに賑やかである。
「ほれ」島自慢を満たした杯をすすめられた。
おずおずと杯を合わせる。
「おめでとう」居候は破顔一笑だ。
「は?なにが?」意味が分からない。
「おぬし、誕生日であろ?」
「今日?ちがうよ」
「嘘を申すな」眉をひそめる。
「来月だよ、誕生日」
「なんと」慌てて暦を見る。
「…これはしたり」勘違いに珍しく恥じらっているようだ。
「されば、晩餐は撤回」
「なんでよ、いいじゃん」
「せからしか!」
「なんで九州弁なのよ?」
寿司桶を持って逃げ回る居候のあとを箸を持って追いかけ回した。