うれしい予感

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先週末は一風変わった流れだったようだ。



日曜、居候はやけにいそいそと出掛けたと思ったらこの体たらくである。
敢えて触れない。ただなにかと出不精で、人混みの苦手なぼくに比べて、
あの年寄りのくせに見上げたバイタリティというか好奇心であるところは
評価というか尊敬に値する。
敢えて触れるつもりはないが、居候は一人で馳せ参じたのではないようだ。
『知り合い』…。
なぜかここでアケミさんの姿がちらついたのは、自分でも短絡的だと思う。



居候のことなどどうでもいい。大きな流れの変化は山田に訪れたようだ。
「まるで中学生のようだった」振り返りながら山田は述べる。
どうせ従前のように断られることを想定しつつ、土曜日に山田は
喜結目さんを映画に誘った。
若干の逡巡を見せたが、しかし喜結目さんは了承したらしい。
これに驚いたのは当の山田で、あまり考えもなく通常任務消化のような塩梅で
声を掛けていたので、いざこのような展開になるとどう行動すべきかとまどった。
「別に映画なんか興味ないからさ」何を観にいくのか作品選定に迷う。
誘っておいてなんだが、ここは随伴していただく喜結目さんに選定をまかせる
寸法で、その件は行動計画の埒外にしておいた。


当日、有楽町で待ち合わせて軽くお茶などしながら何を観るかという段になった。
あくまでも及び腰になっていることを悟られないように、
喜結目さんの意向を伺うと
「『ノロイ』が観たい」
山田は顔をしかめた。
ぼくらはつゆ知らなかったが、喜結目さんは大のホラー好きらしい。
一方山田は蛍光灯を落としたら就寝できないほどの恐がりである。
「誘った手前、行かないわけにいかないじゃん」
どこか焦点のずれた判断のように思えるが山田は喜結目さんの意向に従った。
有楽町の洒落た街並みを後に、「ノロイ」を鑑賞せんがため一路新宿へ。
移動の間中も喜結目さんは日米の「呪怨」の善し悪しの差異について
熱弁を振るい、「リング」関連一連の中で最も秀でているのは
2時間ドラマで放送された作品であるということを強く主張していたようだ。


新宿駅を出て歌舞伎町へ向かう。
その時ばかりは名前の通りの少女のような眼差しの喜結目さんだったようだ。
「もう観念したね」
映画館の看板を確認し、意気消沈する山田は興奮気味の喜結目さんにドリンクを
買い与え、座席に着いてからは気づかれないようにスクリーンに背を向けて
上映時間を耐えること2時間弱。
努めて注視していなかったので内容など皆目見当もつかない山田に比べ、
喜結目さんは同作品の駄目さ加減を楽しそうに語っていたという。
「まぁ、とりあえず型通りの段取りは踏んだわけだから」
食事してバーにでも寄って、そのあとは…などという本来の計画を遂行せんと
虎視眈々の構え。ところが意に反し、喜結目さんは
「もう一本観よう」と山田の腕をとる。
連れて行かれた映画館で上映中なのは仮面ライダーの映画だった。
喜結目さんは仮面ライダーの大ファンでもあったようだ。
「からかわれてるんだって思ったね」
山田は憤慨したが、時刻はまだ食事をするには若干早かったことと、
甘えた表情で懇願する目の前の思い人の姿に負けて木戸をくぐった。
テレビシリーズを観ていない山田は細部の設定等理解できないものもあったが
そこはそれ所詮仮面ライダーなので、そういうつもりで観ていた。
「昔は全然知らない役者とかがやってたよなぁ」
ドラマなどで普通に見かける俳優が出演していたことばかりが印象に残ったという
山田だった。正義に味方好きの喜結目さんはこちらも程良く堪能したようだった。


劇場を出ると辺りは夕まずめの頃合い。食事でも、と促すと喜結目さんは
おごるから飲もうと逆に申し出た。
なにか先から予定を覆され続けていた山田だったが、見たくもない映画を二本も
つきあわされていたので、そのぐらいのことをしてもらってもいいかと承諾した。
この辺の判断が出てきている時点で、山田の甘い桃色構想は費えていたことが窺われる。
ワインバーとかそういうところにでも行くのかと期待していたが、辿り着いたのは
カウンターのみの焼鳥屋であった。
「完璧にからかってると思ったよ」
このころには既に今日が好日であるという夢想は朽ちていた山田は、
ほぼ投げやりな気持ちで暖簾をくぐった。
久しぶりと喜結目さんが店主に声をかけると、キムちゃんお見限りだからと
おどけてみせる店主。
ここは喜結目さんの学生の頃からのお気に入りの場所らしかった。
きょとんとする山田を後目に喜結目さんが注文するのはホッピー。
「なんだか頭がクラクラしたよ」掴みきれない行動を続ける喜結目さんだった。


ホッピーと中生のグラスを傾けながら、山田はなにを話すべきか困惑した。
あっという間にグラスを空けると喜結目さんは二杯目のホッピーを注文する。
上々の機嫌でこぼれるような笑顔の喜結目さんは、平素オフィスで見せる
クールビューティなそれとは一線を画し、なにか子どものような無防備さであったと
山田は述懐する。
心乱されてあの山田が飲むペースを崩していると
「今日はありがとね」想定外のことばに躊躇する。
あたしってさ、ホントはこんななのと言ってカカカと笑う喜結目さん。
なにかうすら寂しいような気持ちになって、無理しなくてもいいよ、と
山田は声を掛けた。
「よくあるじゃん。嫌なヤツを袖にするのに、わざと嫌われるように振る舞うっての」
喜結目さんの数奇な行動を山田はそのように理解したのだった。
その方面の取り扱われ方には慣れている山田だ。
「無理なんかしてない」喜結目さんは真顔で応えた。
ラフティングの時に見せた豪放磊落な態度、ホッピーを煽りながらホルモンに
舌鼓を打つ姿。その上オタク並みのホラーマニアで仮面ライダーの追っかけ。
「あたしってさ、ホントはこんななの」
三杯目のホッピーとキンカン、カシラを頼んだ。
そのことばの真意を計れずに山田は黙ってしまったらしい。
喜結目さんは山田のジョッキが空いているのに気づき注文した。
新しい中生が届くとホッピーのグラスをぶつけ
「また誘ってもいい?」と問うて一人でカカカと笑った。


「どう思うよ?」山田は考えあぐねている。
ぼくにもよく分からない。
でももしかしたら次ぎに山田が誘われることがあったら、
喜結目さんはエンケイのことを相談するのではないかと、ふと思った。