元気を出して

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父親が亡くなったということで鈴木シスターズ妹が昨日から忌引きだ。
こう言っては失礼極まりないが、賑やかなのだけが取り柄なひとが姿を見せないと、
職場というものは本当に灯が消える。
ぐずついた空模様が続いていた今週なので、雨が降っているだけでぎゃあぎゃあ
うるさい鈴木(妹)が不在なのは不謹慎ではあるが好都合だった。



「山田」姓が二人いるのと同様、奇しくも課内には「鈴木」姓の女性が二人いる。
姓が同じというだけで周囲は彼らもしくは彼女らを関係性は無視して、ひとまとめに
「ブラザース」「シスターズ」などと呼んでしまうものだ。
メガネの山田さんと隣の席の山田では一括りにするにはあまりにアレなので、
前述の例に違うのだが、ふたりの鈴木さんは果たして「鈴木シスターズ」と
まとめられている。
とはいっても鈴木(姉)はぼくより4つ上の吉永さんなどと同期で、結婚して
「鈴木」になったひとである。
年齢的な視点でも既婚者であるという側面で見てもとてもそのようには見えない、
よく言えば若々しい悪く言えば歳相応な落ち着きのない元気な人である。
一方、鈴木(妹)は去年入社の課内最年少のひとである。コンタクトは苦手だと、
今日のように注目される以前からメガネを愛用する背の低い、これも元気な娘である。
ふたりの鈴木さんが「シスターズ」呼ばわりされるのは、単に姓が同じという点だけ
ではない。
まず容姿相貌が酷似している。両者の年齢は一回り近く違うのだが、肩あたりまでの
ボブっぽい髪型といいカラーリングの仕上がりまで、申し合わせているのか
そっくり一緒で、後ろ姿では見分けがつかないほど。
身長も鈴木(姉)が5mm高いというが見た目では一緒である。
さらにこれは偶然なのだが、学生時代共ににラクロスをやっていたという経緯まで同じ。
同競技の選手にありがちな歩幅の大きい歩行スタイルもこれまた同じ。
鈴木(妹)は元よりメガネ携行だが、昨今の世相にいち早く反応した鈴木(姉)も
去年あたりからメガネっ娘の仲間入りをしているので、最大の差別ポイントも
潰されてしまった。
二人はとても仲がいい。
本当の姉妹のように慕い合っていて鈴木(姉)の自宅を鈴木(妹)は頻繁に訪れて
食事を振る舞われたり泊まったりしているようだ。鈴木(姉)もご主人放ったらかしで
休日に二人でよく出掛けている。


気持ちはこころを左右するもののようで、日頃からどちらかが不在になると
鈴木シスターズは元気がない様子に見える。二人一緒にいると著しくかしましい声が
聞こえてこないからだけなのかも知れないが、なにか一枚ベールを纏ったように
霞んで感じる。
忌引きの届けを電話で受けたのは鈴木(姉)だった。
自分も有給休暇を申請して鈴木(妹)についていてあげたいとダダをこねて、
ついに課長もその要求を跳ね返すことはできなかった。
新規のプロジェクトが重なって、小動物の手足ではあまり役に立たないが
そういったものでも必要なくらいな忙中と知っての狼藉に課長は苦い顔をしていたが、
事態が事態なのでやむを得ずというところだ。
身内を、それも父親を亡くすという大きな衝撃の中にあって、平素明るく元気な
鈴木(妹)がどれほど落胆しているかを想像すると、ぼくでさえも気が気ではない
心持ちになる。それは課員皆同じなのではないかと案じる。
鈴木(妹)の実家は高知だそうだ。
快活な土佐娘の意気消沈している姿はイメージするに難いところではあるが、一人娘だと
いう鈴木(妹)を今励ましてやれるのは、全く赤の他人の姉なのかも知れない。
我がことのように涙を浮かべながら「かわいそう、かわいそう」を繰り返し
つぶやいていた鈴木(姉)は昨夜の最終便で羽田を発ったはずである。