乾杯

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新幹線のホームに降り立つと幾分気温の違いが肌で感じられる気がするが、
それでも真夏日には達しているであろうことはうかがわれた。
長逗留する予定はないので、着替えのいくつかだけを詰めた鞄を背負い直し
改札へのエスカレーターに立った。
正月以来の帰省である。
どんなに気の利かない予定であろうとも、この土曜からは盆休に入っている
らしく、新幹線の車内は予想通りの混みようであった。2時間前後の乗車
なので、その行程を立ちっぱなしでやり過ごすのには慣れている。
東京から北上しているので避暑の塩梅になるかという期待は崩された。
もう日本中でこの季節に涼しいと感じる地域などないのではないか。早くも
背中一面に汗が噴き出すのを感じながら駅舎を出た。
同窓会は16時からと葉書にある。荷物を置いて一休みしても間に合う。
とりあえずバス停に向かおう。



同窓会と聞いてなんというかクラス会とか旧知の者のみが集まるひっそりとした
催しと思っていたが、会場について驚いた。
3000人ほど収容可のホテルの大広間を借り切っての立食パーティーだった。
よく見ると創立50周年記念同窓会ということで、代々の卒業生から希望者が
集められているらしい。とんだ年寄りから今年の卒業生まで老若男女が千人近く
集まっているのだ。
なにかこうもっとこぢんまりと過ぎし日を語らう飲み会程度に考えていた
ので面食らった。ただでさえ中学時代の記憶など茫々で同級生すら
はっきりと覚えていないのに、これほど大規模な催しになっては、
懐かしいもくそもない。うろたえてしまった。
現在でも唯一親交のある笠巻の姿を探した。この芋洗いの状況で見つけられる
だろうか。会場内を徘徊して思うのは同年代と思しきものの数が少ないと
いうこと。おしなべて中高年から老人ばかりが目立つ。こんなことになってると
知っていればぼくものこのこ参加はしなかった。
前方では現職の先生だろうか、見覚えはなかったが式次第を進行し始めた。
現校長やPTA会長などが長い挨拶を述べる。ぼくも一応その場に立ち止まって
演台に体を向けて目だけは知人の姿を探した。
背後から名前を呼ばれて肩を叩かれた。振り向くと同年代の女性である。
「やっぱりそうだ」女性はぼくの腕をとると「こっちこっち」と促した。
まん丸顔に見覚えがあるようなないようなだった。腕を引かれるままに
ついていくと「おう」と声が上がった。笠巻が似合わないスーツ姿で手を
挙げている。女性はぼくを送り届けると笠巻に寄り添った。
「こいつ、憶えとらんか?」と笠巻。並んだ二人の姿を見る。
もつれた糸がつながった。
「…バドミントン部の?」
「んだ。阿部だ」満面の笑みで笠巻は阿部さんに腕を回し
「俺ら結婚するんよ」
驚いた。当時それほど仲がよかったとは思っていなかったし、笠巻も東京で
就職しているのでなにも中学の同級生と一緒にならなくても。
それよりもなによりも、阿部さんは女性としては体格のいい方でおそらく
身長も165〜6cmはあるのではないかと見えるが、その女性の横で得意げに
している笠巻は身長149cm。回した腕は阿部さんの腰にすがりつくような
塩梅である。その様子が滑稽なのと、この凸凹カップルが存外お似合いで
微笑ましかったのとで、ぼくは声を上げて笑ってしまった。
「なんね、なんね」笠巻は憤慨した。
「ごめんごめん。いや、なんていうか」ぼくはまだ笑いを抑えきれなかった。
「そうか、そういうことになってたのか」やっと息を整え
「おめでとう、よくやった」今度は心底そう言えた。



「これも今は東京さ出てきとってな」中ジョッキをあおると笠巻は言った。
笠巻らも会場に来るまで今日の催しの規模を把握しておらず、二人で
途方に暮れていたらしい。そこへちょうどぼくを見つけたということで
式の頃合いを見計らい連れだって退けてきた。
開店直後の居酒屋はまだ客もちらほらである。
笠巻の横でニコニコしている阿部さんは既に2杯目を注文している。
「それがまあ聞いてくれよ、身長なんだと」
例の「K」狙いで女子バドミントン部周辺に出没していた笠巻は「一寸法師
とか「ミジンコ」と呼ばれて部内では有名だったらしい。こと阿部さんは
身長の低い男性を好む嗜好があるらしく、当時から気になっていたのだそうだ。
それぞれ別の高校へ進学したが交際はその頃からで、ぼくも驚いたが
阿部さんの家は笠巻の家の2丁先らしい。つまりぼくも近所なのだ。
交際を申し出たのも阿部さん、結婚を切り出したのも彼女かららしい。
短大を卒業して2年の遠距離交際を経て、笠巻の就職と同じうして阿部さん
も東京に出てきた。笠巻を追って、である。
「もてる男はラクだべ」まるっきり故郷訛りで笠巻は悦に入っている。
「全部押し切られてるんじゃない」ぼくは笑った。
「つきあいが長いといろいろあるしな」笠巻は少し真顔になった。
「いいんだと思うよ、そういうことで」ぼくはとりなした。
阿部さんは手洗いへ行くと席を立った。
後ろ姿を見送りながら笠巻は続けた。
「俺もさ、そうは言ってもいろいろ悪さもしたさ。ちょこちょこ
つまみ食いしたり」それほど小器用に思えない笠巻を見て吹き出しそうになる。
「んでもさ、早いうちにくさび打たれると、なんていうかそれが基準に
なっちまうんだな」照れ隠しの大げさな仕草。
「こういうときあいつだったらこうしてくれるとか、こんな時あいつだったら
叱り飛ばしてくれるとか」
ぼくは無言で頷いていた。
「他のがどんなにいい女だと思っても、あいつと比べちゃうんだ」
「いいじゃないか」
「それってなんか損した気分にならないか」
「なに言ってんだよ」おしぼりを笠巻の顔にぶつけてやった。
「なあに?」笑顔を浮かべて阿部さんが戻ってきた。
「なんでもねえっちゃ」笠巻は照れ隠しにそっぽを向いた。
なによなによと阿部さんに詰め寄られて、なんでもないと照れて
よけい小さくなってる笠巻。二人の姿を見て思い出す風景があった。
いつかの帰り道、寂しげな「K」の姿を見送ったあの時に
笠巻とじゃれ合ってはしゃいでいたのは阿部さんだったのだ。
今も全く変わらない二人の姿に記憶を重ねて眩しさに目を細めた。